
── アンビエント音楽から読み解く、静かな建築という思想。
Spotifyやその他の音楽ストリーミング・プラットフォームを開き、検索バーに「Ambient」と入力してみてほしい。すると、アンビエント音楽のトラックを集めた数千ものプレイリストが表示される。そのなかでも最初に挙がることの多い「Ambient Relaxation(アンビエント・リラクゼーション)」は、232曲・再生時間11時間以上で、125万件以上の保存数を誇る(参考までに「This Is Taylor Swift(テイラー・スウィフトの楽曲を集めたプレイリスト)」は600万件)。
YouTubeでも状況は同様で、「Ambient Study Music to Concentrate(勉強に集中できるアンビエントミュージック)」を配信する Quiet Quest(クワイエット・クエスト)は47万5千人の登録者を持ち、再生回数は4,300万回を超えている。
確かに、再生回数84億回を誇る「Despacito(デスパシート ※2017年に世界的に流行したダンスミュージック))」と比べれば控えめかもしれない。しかし、こうしたアンビエント系の動画が数えきれないほど存在しているという事実から、そこには明らかに何かが起きていることが分かる。では、アンビエント音楽とは何か。そしてそれは、建築とどのような関係を持つのだろうか。

Uniview Headquarters by GOA (Group of Architects), Zhejiang, China | Popular Choice Winner, Office – High Rise (16+ Floors), 12th Annual A+Awards | Photo by Rudy Ku
アンビエント音楽は、他の音楽ジャンルと比べても特異な存在である。その理由のひとつは、その起源を一人の人物にまで遡ることができる点にある。ロキシー・ミュージックで知られるアーティスト、Brian Eno(ブライアン・イーノ)だ。1970年代半ば、事故によって寝たきりとなった彼は、音楽に対する考え方を一変させる体験をする。友人から贈られた17世紀のハープ音楽のレコードを再生していたが、スピーカーの一方は壊れ、音量は低く、外では雨音が響いていた。さらに、彼はその場から動くことができなかった。
その結果、音楽は周囲の環境音と溶け合い、空間全体の一部として知覚されることになった。この音と沈黙の繊細な融合が、「無視できると同時に、興味深くもある音楽」という発想を生み、アンビエント音楽が誕生した。
アンビエント音楽は、音による環境(サウンドスケープ)をつくることを目的としている。支配的な音程やリズム、メロディを持たず、穏やかで変化し続けるテクスチャーと、偶然性を帯びた微細な音の層が、満ち引きを繰り返す。
その結果、聴き手に落ち着きと内省を促し、今この瞬間に没入させる。この特性が、集中を助ける音楽としてアンビエントが広く支持されている理由でもある。ここで再び問いが浮かぶ。これが建築と、どう関係しているのだろうか。
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── 快適性を導く、シンプルという設計戦略。認知負荷を減らす空間設計とは何か。
社会的なトレンドは、多くの場合、建築に反映される。ここ10年で、過剰刺激は深刻な問題となった。都市は高密化し、明るすぎる照明、鳴り響くサイレン、振動するスマートフォン、終わりのない情報の洪水が、私たちの注意力を消耗させ、精神的健康に悪影響を与えている。
都市居住者は、農村部の住民に比べて、うつ病のリスクが40%、不安障害のリスクが20%高いとされている。燃え尽き症候群があまりにも一般化した結果、世界保健機関(WHO)はこれを職業上の現象として正式に認定した。
私たちは今、明確さと静けさを必要としている。
有毒な公害をもたらした産業革命の後に田園都市運動が生まれ、戦後の混乱のなかでモダニズムが構造と簡潔さをもたらしたように、アンビエント・アーキテクチャもまた、現代の状況に対する応答である。建築家やデザイナーは、叫ぶのではなく「ささやく」建築をつくることで、コンクリートの都市に必要とされる静けさを取り戻そうとしている。

École de l’Étincelle (Lab-école) by BGLA architecture | urban design, Agence Spatiale inc., APPAREIL Architecture, Chicoutimi, Canada | Popular Choice Winner, Primary and High Schools, 12th Annual A+Awards | Photo by Maxime Brouilette
まず、視覚的な混乱を抑える試みが進んでいる。華やかなファサードや象徴的な造形が消えたわけではないが、内外ともに、統一感、クリーンなライン、整理された空間を重視する方向への明確なシフトが見られる。多くのアンビエント建築は、周囲の地形と調和し、既存の環境を強調・統合することで、前面に出ることを避けている。不必要な装飾を削ぎ落とし、周囲を守り引き立てる本質的な形態に集中することで、視覚的な休息をもたらす建築が生まれている。
同様に、素材と触覚的なシンプルさへの再注目も進んでいる。木材、石、土といった自然素材は、人間が本来持つ自然への欲求を満たし、ガラスやコンクリートだけに囲まれた環境が生む違和感を和らげる。また、広範な素材パレットではなく、テクスチャーの違いによって視覚的な変化を生み出す手法も採られている。石の彫刻、左官仕上げ、穿孔といった技法により、単純化された構成でありながら強い印象を保つことが可能になる。

Novonesis Innovation Campus by Vilhelm Lauritzen Architects, Hørsholm, Denmark | Popular Choice Winner, Factories and Warehouses, 12th Annual A+Awards | Photograph by Rasmus Hjortshøj.
さらに重要なのが、認知的なシンプルさへの転換である。都市と生活が複雑化するにつれ、精神的負荷も増している。建築家は、環境との関わり方を簡潔にすることで、その負荷を軽減しようとしている。分かりやすい動線計画、自然な導線、明確な視線の抜けは、空間を理解するための精神的エネルギーを減らす。都市計画においても、階層性やモジュールの反復といった基本原則への回帰が見られる。
認知的シンプルさは、ここで終わらない。感覚過多の原因であるテクノロジーも、適切に使えば有効な手段となる。調整可能な照明、自動温度制御、音環境の調整といった技術は、意識することなく快適さを提供する。
テクノロジーが背景に溶け込むことで、日常の思考負荷は軽減され、考えるための余白が生まれる。

Bike Parking IJboulevard by VenhoevenCS architecture+urbanism, Amsterdam, Netherlands | Jury Winner, Transport Interiors, 12th Annual A+Awards | Photo by Ossip van Duivenbode.
アンビエント音楽と同様に、アンビエント・アーキテクチャは、あらゆる場面で思考を整理し、「無視できると同時に興味深い」建築や都市を目指している。テクノロジーが背景に溶け込むことで、日常の思考負荷は軽減され、考えるための余白が生まれる。
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Architizer Magazine
English text: Sam Frew
About Sam Frew:
An expert in hospitality design, Sam has worked with some of the biggest hotel names in the world to help shape and integrate innovative brands across the globe. Her decades of design and industry knowledge have cemented her as a respected voice in design commentary.
※本記事は、Material Bankのグループメディアである「Architizer(アーキタイザー)」の記事を翻訳・編集したものです。実際の英文記事はこちら。

