
訳:PDXは、ただのマスティンバー*建築ではない ― ZGFアーキテクツが手がけた木々に囲まれた新ターミナルは、 素材調達・カーボン管理・バイオフィリックデザインにおける新基準を打ち立てる
写真:既存施設の2倍の処理能力を備え、 構造体には地元オレゴン州産の木材を350万ボードフィート以上使用されている。地域資源の循環的利用、炭素排出量の可視化、 そして自然との共生を志向した空間デザインという、次世代の公共建築のあり方を提示している
空港を、都市のリビングルームに
── PDXが示す、新しい公共空間のかたち
ある朝の、ポートランド国際空港(PDX)。
新ターミナルを行き交う人々は、スーツケースを引きながらも足を止め、
カメラを構えていた。目を奪うのは、9エーカーにわたるうねるようなマスティンバーの屋根、スカイライトから光が降り注ぐ木々のグローブ空間、
そして、友人や家族と再会を果たせる劇場型のベンチシート。
多くの米国空港が、ただの移動の通過点であるのに対し、この空間は往年のグランド・セントラル駅のような広がりと詩情を備えている。
設計を手がけたZGFのパートナー、Eugene Sandoval 氏は語る。
「移動のための空港を、市民のための“部屋”として捉えなおしたんです。」

訳:新しく生まれ変わったPDXのメインターミナルは、 マスティンバーと豊かな室内のグリーンによって、太平洋岸北西部(PNW)の自然そのものを内部空間へと引き込んだ造りに。 空間全体には、従来のPDXデザインを継承するディテールも丁寧に再構築されており、多くの人に親しまれてきたPDXオリジナルのカーペットもそのまま。ターミナル内には、ふたつの大型ビデオウォールが設けられ、 Half Sister Studio と Dot Dot Dashによる24時間体制のアートインスタレーション「Extraordinary Windows」が展開されている
1. 森をそのまま持ってきたかのような、グリーンとウッドに溢れる気持ちのいい出発フロア 2. 3. 従来のPDXオリジナルカーペットも、天井のウッドと馴染む
PDXはもともと、全米で最も人気のある空港として知られており、そのティール色のカーペットがSNSで“バズった”こともあるほどだ。
しかしそういった利用者数の増加に対応するためには、2045年に年間3,500万人にのぼると予想される施設利用者に対応する拡張も不可欠だった。
郊外に新施設を建てる選択肢もあったが、都市の成長境界の内側にある空港にとって、土地の制約に加え、持続可能性の観点からも現実的ではなかった。既存の寄せ集め的なターミナルを継ぎ足す案も、今後想定されるカスカディア沈み込み帯地震への耐震性能の強化という観点で不十分だった。
しかも、既存のターミナルを稼働させたままの大規模改修が求められた。
数々の制約を乗り越えながら完成したこの新ターミナルは、単なるインフラ整備ではなく、都市と自然、地域と利用者をつなぐ、新しい空港体験を提供している。
巨大な木の下で
── アメリカ最大級のマスティンバー空港、新ターミナルの挑戦
PDXの再開発における答えは、アメリカ最大級となるマスティンバー屋根を有する空港を、現地でプレファブリケーション(部材の事前製作)するという前例なきアプローチだった。
この約36,000㎡(9エーカー)にも及ぶ木造屋根は、既存ターミナルの面積を倍増させるもので、14の矩形ユニット(カセット)から成り、構造・設備・意匠を一体的に構成。ダグラスファー材で製作された屋根は、34本のY字型鋼柱の上に浮かび、地上約17mに設置されている。
屋根の設置は2022年、複雑な油圧ジャッキによって数晩かけてゆっくりと移動させるという離れ業で行われた。
第一期では、新たなチェックインカウンター、地元ショップが立ち並ぶマーケットホール、拡張されたセキュリティエリア、「森の中の散策路」と名づけられた緑豊かな空間が整備された。
この「森」には、**5,000株の植物と72本の成熟樹(ブラックウォルナット、フィカス、オリーブなど)**が植えられ、ランドスケープ設計はポートランドのPLACEスタジオが手がけた。
2025年末には第2期が完成予定。旅客動線の整備やガラスウォール越しの南北眺望、新たな店舗・飲食スペースが加わる。

訳:新しい9エーカーのマスティンバー屋根は、モジュール化・プレハブ化されたシステムで遠隔製造され、なんとPDXを通常通り稼働させたまま、現地へ輸送・組み立てが行われた
1. 屋根を支えるグルーラム(集成材)は、事前製作されるという前例なき試みだった 2. 空港内の至るところで見られる木材は、南西オレゴンのコキール族が管理する森林から伐採された木材が使われている 3. 従来のPDXオリジナルカーペットも健在
ポート・オブ・ポートランドのエンジニアリング・プロジェクトマネージャー、George Seaman 氏はこう語る。
「新空港を一から建てるのではなく、既存施設に重ねて増築したことで、炭素排出量を約70%削減できました。ただしこれは、非常に複雑な施工計画と、2,000億円規模の工事を通常運用を止めずに進める必要があるという挑戦でもありました。」
新ターミナルはスケールが拡大した一方で、ポートランドらしさの維持にも細心の注意が払われている。ZGFのマネージングパートナー、Sharron van der Meulen 氏は語る。
「市民から愛された旧ターミナルの魅力は、その親密なスケール感と、地元ショップ中心の空間構成にありました。だからこそ、新ターミナルも"大きな建物の中にある街路"のように感じられるよう、街の通りのスケールを参考に“部屋”ごとの構成としました。」
空港価格ではない「Street Pricing(一般的な価格)」も導入され、街と地続きの空間体験が保たれている。有名書店Powell's Booksなど、地元に根ざした店舗も健在だ。
森から建築へ
── PDX新ターミナルが実現した“Forest to Frame”という木材調達の革命
ZGF と Sustainable Northwest Wood が構築したのは、
“Forest to Frame(森から構造へ)”という木材調達の新たな哲学。
地元の森林資源を軸に、空港から半径約480km以内の範囲に限定して木材を調達。FSC認証を取得した木材、あるいは同等の森林保全基準を満たす森林からの供給にこだわった。

PHOTO | COURTESY PORT OF PORTLAND
その中には、小規模製材所や家族経営の林業者、非営利団体、先住民部族(トライバル・ネーション)からの木材調達も含まれる。
実際、屋根を支えるグルーラム(集成材)には、南西オレゴンのコキール族が管理する森林から伐採された木材が使われており、同族の Anne Niblett 氏は開業式で「人と土地が結びついた、美しいラブストーリー」と語った。
通常、木材の供給プロセスでは森林の出自は混合され、流通過程でトレースすることが困難だ。しかし、PDXのような大規模プロジェクトだからこそ、ZGFとPort of Portland は独自の調達基準を設定し、森林の出所を“問い直す”ことを可能にした。
ZGFのアソシエイトプリンシパル、Jacob Dunn 氏は次のように振り返る。
「従来の市場では、“この木材がどの森から来たのか”という問いに答えることはできませんでした。けれども今回、私たちは製材所に“カスタム調達は可能か”と働きかけ、その結果、木材の由来そのものに社会的価値が生まれる仕組みを構築できたのです。」
こうした取り組みは、小規模事業者にもポジティブな変化をもたらした。
たとえば、オレゴン州で最後に残る商業用オーク林を管理する Zena Forest Products は、これまで活用されていなかった細いオーク材を使ったタイル製品を新たに開発。PDXの床材として採用され、製造設備への新たな投資が可能となった。
また、カスケード山脈東側の森林火災跡地(自然保護団体所有)からの再生材も使用。北オレゴン・コーストレンジのHyla Woods(FSC認証取得)も天井ルーバーの素材を供給しており、6代目オーナーの Peter Hayes 氏は語る。
「これまでは『木材がどこから来たかなんて関係ない』という空気が支配していました。でもPDXは、“知りたい”と本気で向き合った。それは単なるプロジェクトではなく、価値観を変えるプロセスそのものだったと思います。」
PDXの「森から建築へ」という姿勢は、今後の公共建築や商業施設にとっても重要な転換点となるだろう。
今はまだ、旅客が「PDXのカーペット」を撮影する文化は続いているが、これからは天井を見上げ、地域と循環の物語を感じる人々が増えていくはずだ。
METROPOLIS Magazine, Winter 2024
English text: Brian Libby
Photography: Dror Baldinger, Stephen Miller, Ema Peter, ZGF, Port of Portland
*マスティンバー(Mass Timber)とは、板材などの複数の木材を組み合わせて大型の木質部材にした、縮強度と張力強度を向上させた新素材。コンクリートに代わる環境に優しい革新的な建築材料とも言われている。