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ブランドセレクション

        2025年4月10日

        feats of clay | セラミック文化が息づく、シドニーの街に根ざしたホテルデザイン

        訳:粘土のチカラ —— シドニーのエースホテルを手がけた「Flack Studio」は、この街が昔、陶磁器の生産地だったことにヒントを得て、ユニークなデザインを生み出した。

        写真:James Lemon による多色なセラミックやレンガのインスタレーションが印象的なレセプションエリア。この地域の持つ歴史をうまく取り入れた彼らしいオマージュ作品と、背後にある Jason Phu の壁掛け作品によって添えられた彩りによって、過去をそのままに今の空間に新しい命が吹き込まれるかのよう。(所在地:オーストラリア)

        街のストーリーを宿す、ホテルデザイン


        日本でもよく知られている「Ace Hotel Group(エースホテルグループ)」。1999年にスタートしたこのホテルグループは、クリエイティブな客層をターゲットにしたラグジュアリーなブティックホテルを次々と展開してきた。


        彼らが一番最初にオープンしたホテルは、アメリカ・シアトルにある元救世軍の中間施設を改装したもので、以来 Ace Hotel は街の中で歴史的価値のある建物を見つけ出しては、最先端のホテルへと生まれ変わらせることを得意としてきた。現在は世界各地に9軒のホテルを運営しており、今回取り上げるのは2022年5月にオープンしたオーストラリア・シドニーのホテルだ。


        ​ホテルのインテリアデザインを手がけたのは、メルボルンを拠点とする「Flack Studio(フラック・スタジオ)」。住宅や商業空間の設計で知られる小さなデザイン事務所で、意外にもホテルの内装は今回が初挑戦だったそう。「規模はこれまでの仕事より、ずっと大きかった。」と、創業者でデザインディレクターの David Flack 氏は語る。

        「でも、やれるという確信があった。正直、日頃から関わりたいと思えるホテルブランドがあまりのないだが、Ace Hotel はまさにその一つだった。」


        1. 沈み込むような造りのロビーラウンジには、ヴィンテージのラタン製アームチェアと、ギャザーを寄せたレザーで張られた特注バンケットシートが並ぶ。床はオリジナルのテラゾータイルで、1916年建築当時のレンガ壁もそのまま残されている 2. 艶を抑えたロッソ・フランシア大理石の階段を上ると、Julia Gutman(写真左手)と Joanna Lamb(写真奥)による特別制作のアートワークがイベントの為のプレエリアを演出する 3. 会議室の一室には、ホテル内の随所で使われているセメントレンダー仕上げの壁が使われ、ざらりとした質感が空間に奥行きをもたらす 4. レストランでは、ユーカリの一種であるブラックバットの有孔パネルが天井を覆い、床はオーク材がヘリンボーン張りに。Mart Stam のチューブスチールチェアと、特注のベンチシート&テーブルがミックスされている


        Flack Studio はかなり早い段階からこのホテルプロジェクトに参画していたのだが、実際の建築面を担当したのは、オーストラリアで最も歴史ある建築事務所のひとつでもある「Bates Smart(ベイツ・スマート)」。現場は、シドニーのサリーヒルズというエリアに位置する、20世紀初頭に建てられたレンガ造りの10階建ての建物〈 Tyne Building(タイン・ビル)〉で、建物の外壁はそのまま活かしつつ、そこにガラスと鉄骨の18階建てタワーを増築し、257室の客室とスイートを備えるホテルへと変貌させた。ただ、中の内装でで使えるものはほとんど残っていなかったそうで「中身はスケルトン状態だった。」と Flack 氏は言う。


        Flack 氏は、この歴史的な建物を生かすだけでなく、スタイリッシュでヒップなシーンで知られるサリーヒルズというこの街の歴史も、デザインに取り入れたいと考えていた。いうのも、なんとこの場所では1788年にイギリス人が到着した直後に陶器に使える粘土が見つかり、オーストラリア初の窯元が建てられた貴重なエリアなのだ。



        記憶を積み上げて、素材として生かす


        それから40年もしないうちに、Jonathan Leak という流刑囚がこの地に送られてきた。ここで、陶器工房を立ち上げた彼の手からは、レンガやタイル、瓶、日用雑器などが次々と生み出されていった。しかし、1916年についに工房は取り壊され、そこへ新たに建てられたのが現在のタイン・ビルである。当初は製薬会社の倉庫として使われ、後に衣料品工場、さらには恵まれない子どもたちのための学校として、その用途を変えていった。


        サリーヒルズという街もまた、時代とともにさまざまな顔を持ってきた。ゴールドラッシュ期には中国人移民の居住地となり、1920年代には凶悪な犯罪集団であったレイザーギャングが跋扈した。30年代には密造酒時代さえあり、60年代にはボヘミアン気質のアーティストたちが集まり、70年代にはLGBTQコミュニティが定着。やがて“Sydney Gay and Lesbian Mardi Gras(シドニー・ゲイ&レズビアン・マルディグラ)”として世界的に知られる祭典がこの地で始まることになる。


        こうした街の積み重ねられた記憶と歴史のすべてを空間の中に落とし込みたいと Flack 氏は考えた。そこで彼が選んだのが、空間に素材そのものの力を活かすというアプローチ。使うのは、正統派でありながらも応用の効く、インダストリアルなマテリアルたちだ。既存のレンガ壁をはじめ、型枠の跡を残したコンクリート、テラゾーやオーク材の床、無垢材と突き板、さまざまな金属素材が組み合わされている。そこへ、艶を抑えるように仕上げたイタリア産のロッソ・フランシア大理石をメインの階段に使うなどもした。


        1. 2. ゲストルームの壁には、吸音天井材を使って背の高い腰壁のような仕上げが施されている。ギターやオーディオ機器が備え付けられているものの、防音目的というよりは、あくまで美的な演出だ。別の客室では、特注のウールブランケットと鮮やかなカーペットが、オーク材の造作家具と好対照をなしている。3. バスルームにはテラコッタの床タイルに、オーク材と艶を抑えたイタリア産の大理石を組み合わせた特注の洗面台が調和を見せる


        Left: テラゾーの床とイエローのタイルがが印象的なバスルーム。独立型のバスタブに寄り添うように設置された、特注の無垢オーク材スツールも見事に空間にマッチしている Right: オリジナルのレンガ壁と型枠仕上げのコンクリートの空間に、Nadia Hernández のアートワークとラタン張りの背板がユニークな本棚が並ぶロビーライブラリー


        また客室の壁には、吸音天井材がパネルとして用いられているのだが、目的は防音というより、むしろ美観のためだという。部屋にはターンテーブルやアナログレコード、ギターまでもが備えられているにもかかわらずだ。

        「特別な素材じゃない。むしろ素朴なもの。でも、深みと質感があって美しいんだ。」と Flack 氏は語る。



        色と物語が織りなす、もうひとつのシドニー


        さらに、カラーパレットについて言えば、 Flack 氏が選んだのは、かなりユニークな組み合わせだった。泥臭ささえ感じるアーシーなタン(淡い茶色や黄褐色)やオーカー(黄土色)、焦げたような濃厚なオレンジに、さまざまな緑、そして驚くべきことに鮮やかな紫も加えた。その着想源は、20世紀のオーストラリアを代表する先住民出身の画家、Albert Namatjira の風景画にあるそう。


        Flack 氏はもちろん、Flack 氏と仕事でも私生活でもパートナーである Mark Robinson 氏は、二人揃って現代アートの熱心なコレクター。その影響は空間づくりにも色濃く反映されている。ホテル館内には、現代オーストラリア人アーティストによる多様な手法の作品が随所に展示されており、例えば、フロントデスクには大小さまざまなセラミックレンガを多色で組み合わせた、James Lemon によるインスタレーションを設置。一目で度肝を抜かれるようなインパクトだ。「僕は色を使うのを恐れない」と、Flack 氏は嬉しそうに語る。


        さらに、家具にもこだわった。ヴィンテージと特注品を自在にミックスしたセレクションは、ロビーラウンジに Paul Frankl スタイルのミッドセンチュリーなラタン製回転チェアを並べ、その周りを深くギャザーを寄せたレザー張りの特注バンケットが囲む。「僕、レザーにギャザーを寄せるのが好きなんだ。座りたくなるでしょう?」と Flack 氏。


        ロビーレストランのボックスシートも同様の仕上げで、組み合わせたのは、Mart Stam が1931年にデザインしたチューブスチールの名作チェア。現在はTHONET(トーネット)社が製造しており、今回はフレームを真っ赤に塗装して仕上げている。


        1. 4. リビングルームには Charles and Ray Eames によるテーブルと Mario Bellini のチェアが並び、壁には Sydney Ball の三角形のアートワークが飾られている。その他のアームチェアや造作ソファといった家具はほとんどが特注品で、こちら側の壁にはミラーにアクリルで指描きした Michael Lindeman による作品が見守るように掲げられている 2. 背面の壁に整然と並ぶブラックバット材のパネルと、1964年にデザインされ現在も生産が続く David Rowland の名作スタッキングチェアが会議室を彩る 3. バスルームでは、艶を抑えたアラベスカート・コルキアの大理石が、洗面台とミラーを引き立てる


        客室とスイートも同じく多彩で、Mario Bellini が1977年に製作した Cab チェアと、Charles and Ray Eames の丸型オークテーブルを組み合わせた部屋もある。照明の多くも目を引くデザインで、エイジング加工された真鍮製の穴あきシェードを持つ、柱のようなウォールランプなどは、すべてFlack 氏によるオリジナルだ。


        このプロジェクト全体で Flack 氏が最も意識したのは、「ブランドらしさ」だったという。「Aceにはルールがある。でも同時に、“ルールは破るためにある”というスタンスも持っている。」と、Flack 氏は語る。

        「Aceは、デザインや社会性を通じて人々がつながる場をつくろうとしている。ゲストと地元の人、両方が自然に交われる場所を目指しているんだ。

        彼がたどり着いた結論は、Ace Hotel の真髄は“見た目”ではなく“感覚”にあるということだった。

        「だから僕は、このホテルを“本物の”オーストラリアを体験できる空間にしたかった。同時に、この街の少し型破りな歴史もちゃんと残したかった。だって、僕は思うんだ。オーストラリアのいちばんの強みは、その多様性なんだってね。」


        INTERIOR DESIGN Magazine, July 2022

        English text: Michael Lassell

        Photography: Anson Smart