
訳:豊かさに満ちた空間 —— 「Ministry of Design」が手がけるシティバンク・ウェルスマネジメントセンター〈 Citi Wealth Hub 〉における、銀行とバイオフィリアの融合。
室内の温室には熱帯植物が生い茂り、自然に包まれたユニークな空間に。(所在地:シンガポール)
熱帯植物に溢れる「銀行 × 温室」という空間
シンガポールの建築設計事務所「Ministry of Design(以下、MOD)」の創設者兼ディレクターである Colin Seah 氏は、自身の事務所がメガバンクのデザイン設計に適任であるとは考えていなかったという。
「We’re a bit of a black sheep.(私たちは、この業界では少々厄介ものかもしれません。)」と彼は語る。「慣習を疑ったり、従来の物事に対して少し反抗的になるのが、我々の自然な衝動だと思っています。」シンガポール出身の建築家である Seah 氏は、〈 Race Robotics Laboratory 〉といったエッジの効いた設計や、未来的であり黒い洞窟のようでもある鋭角な三角形が特徴的な〈 Vanke Triple V Gallery 〉といった、先鋭的な建築で高い評価を得ている。
一般の大手銀行は、豪華でありながらも定番的なデザインを好む傾向があるが、シンガポール支店の Citibank(シティバンク)は、ビジネス街に新設する富裕層向けのウェルスマネジメントセンター〈 Citi Wealth Hub 〉のデザインコンペにおいて、概念にとらわれず斬新でありながらも世界クラスの体験を提供することを求めた。そこで、MOD は熱帯植物で満たされた〈 banking conservatory(銀行の温室) 〉という提案で、このコンペを勝ち取った。

1. 音響効果のあるオーク材のベニヤとウール・ナイロンのパネルが施され、レザー張りの Henrik Pedersen のチェアが配置されたミーティングポッド 2. トルコ産大理石とステンレススチールで仕上げられた受付カウンターには、Angeletti & Ruzza によるランプがアクセントを添える 3. Studio 7.5 によるチェアと真鍮のトリムが施されたラミネート製のホットデスクが並ぶオフィスエリア4. 密閉されたポッドには、独立した換気システムとスプリンクラー設備が組み込まれている
この案は、2014年に「Raymond Woo & Associates Architects」が設計した、ビルの高さ約36フィート(約11メートル)のアトリウムから生まれた。
「温室では自然を育みながらも、あなたにとって大切なものを同時に守り育てている・・・これは、富の管理に対する興味深いアナロジーだと考えました。」と Seah 氏は説明する。
さらにこの設計計画は、シンガポールの文化的な観点からも理にかなっていると言える。シンガポールは長年「ガーデンシティ」として知られ、初代首相 Lee Kuan Yew は、緑豊かな環境が観光客の来訪や海外からの投資を引き寄せると信じ、緑地の整備を推進した。近年では「Safdie Architects」の設計による〈 Jewel Changi Airport(ジュエル・チャンギ空港)〉や、「Grant Associates」と「WilkinsonEyre Architects」設計のスカイガーデン〈 Gardens by the Bay(ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ) 〉など、高い評価を受ける屋内庭園が次々と誕生している。
「我々のこのプロジェクトは類型的に言うと革新的である一方で、都市自体の発展の一部としては非常に論理的だと言えます。」と Seah 氏は指摘する。MODは、チャンギ空港のランドスケープデザインを手掛けた「ICN Design」と協力し、イベントやプライベートミーティングに利用できる、緑豊かでありながらもフォーマルな空間を創り上げました。高さや質感が異なる様々な種類の植物をレイヤー状に配置し、水耕栽培システムを隠す為にゴールドに着色されたステンレス製のプランターを設置するなどした。さらに植物は個別のポットに収められ、手作業で水が補給される仕組みとなっている。「Neri & Hu」のラウンジチェアや「Michael Anastassiades」のランプが配置された小さな空間を、曲線を描くプランターが囲み、夜間にはLEDストリップライトが通路を照らす。

1. Büro Famos のコーヒーテーブルと Neri & Hu のチェアが並ぶ、温室内の休憩スペース 2. ウッド調のビニールタイルとウールカーペットタイルが敷かれたコラボレーションエリア 3. ワークカウンターの天板にはソリッドサーフェスが採用されている
緑に包まれた静寂のコクーン
グリーンの中に佇む、防音仕様の4つのミーティングポッド。そのデザインは、当初はカジュアルな会話を楽しむためのパビリオンとして構想された。しかし、プロジェクトが進むにつれ、機密性の高い打ち合わせにも適した空間が求められていることに気付いたという。
「見た目はシンプルですが、実はとても高度な設計が求められる空間でした。」と Seah 氏は語る。「プライバシーを守るための密閉性が必要でありながら、利用者に閉塞感を感じさせないこと。それが最大の課題でした。」
そこで、天窓や大きな窓を設け自然光を取り入れた。さらに、ウールを張った吸音パネルや防音仕様のダクトシステムを採用し、外部の騒音を遮断しつつ、心地よい音響環境を実現。各ポッドはまるで独立した住居のように、専用の空調・電気・スプリンクラー設備を備えている。
エントランスでは、従来のクライアントラウンジの概念が覆されている。
「通常、銀行のラウンジは静かで落ち着いた空間で、スタッフが裏からドリンクを運んでくるイメージがありますよね。」と Seah 氏は言う。
しかし、数々のホテルデザインを手がけ、直近ではマレーシア・ペナンに位置する 〈 The Prestige 〉を設計した経験を持つ Seah 氏は、洗練された大理石のバーカウンターを提案した。ここではゲスト同士が自然に交流し、コーヒーやモクテルを片手に庭を眺めながらリラックスできる。
「これまでのラウンジとはまったく異なる雰囲気を演出しました。“気軽に立ち寄って楽しんでください。“というメッセージが伝わるデザインになっています。そして実際に、クライアントはここで寛ぎ、交流を深めています。」
海外からの来訪者はもちろん、近隣でショッピングを楽しむローカルの人々も、ふと立ち寄ってひと息つけるプライベートクラブのような空間。ここは、Soho Houseではない。だが、銀行という枠を超えた、活気あふれる場が生まれている。

1. ダブルハイトのガラスアトリウムは、ステンレススチール製のケーブルとロッドによってしっかりと支えられており、構造の軽やかさと安定感を両立させたデザインが、開放感あふれる空間を生み出している 2. ウォールナットの突板仕上げの壁と磨き上げられた大理石のデスクが、プライベートバンキングクライアント専用のレセプションエリアを上品に演出し、温かみのある木の質感と、クールな石材のコントラストが、洗練された落ち着きを醸し出す 3. LEDストリップライトが、色付きステンレススチール製のプランターを美しく照らし出し、空間に静かなアクセントを加える 4. Raymond Woo & Associates Architects」が手がけた12階建ての建築は、細部にまでこだわった設計が際立つ
植物までもが心地よく過ごせる、リッチな環境
まず目を奪われるのは2階に広がる温室の緑豊かな光景だろう。しかし、この空間を別の視点から眺められるのは、ごく限られた人だけ。プライベートバンキングのクライアントは、3階に設けられた特別なビューデッキから、その全景を見下ろすことができる。このデッキには、ロドルフォ・ドルドーニがデザインしたアームチェアやサイドテーブルが配され、ゆったりと庭を楽しむための特等席となっている。
「ここは、単に美しい庭を眺めるための場所というだけでなく、特別なステータスを象徴する空間でもあるんです。」と、Seah 氏は語る。
上層階には、磨き上げられた大理石の受付や、ウォールナット材のベニヤ張りの壁、ハンドメイドの吹きガラス製のペンダントライトなど、細部にわたるこだわりが随所に散りばめられている。グレーの大理石のプランターには植物が生い茂り、上質な空間にさらなる落ち着きを添える。
こうしたバイオフィリックデザインのコンセプトは、約30,000平方フィートに及ぶこの施設全体に貫かれている。プライベートバンキングのエリアだけでなく、220人の従業員が働くオフィスフロアにも、その思想は息づいている。
「通常、富裕層向けのウェルスマネジメントセンターでは、豪華な接客スペースと、画一的で味気ないバックオフィスの間に大きなギャップがあります。でも、働く人の精神的な健康を考えたとき、それは理想的とは言えません」と Seah 氏は説明する。
そこで彼は、オフィススペースを『温室の延長』としてデザインした。ゆるやかにカーブを描くホットデスクがプランターを囲むように配置され、その中には日陰を好む常緑樹が植えられている。コラボレーションエリアには、シャープな印象のスパイキーパームが配され、床材にはウッド調のビニールタイル、テーブルにはウォールナットのラミネートを使用。温かみのある空間が生まれた。さらに、時間帯に応じて光の色が変わるスマート照明を導入し、朝は明るく、夕方には落ち着いたトーンへとシフトするよう設計されている。
こうして生まれたのは、クライアント、スタッフ、そして植物までもが心地よく過ごせる、豊かな環境だ。
INTERIOR DESIGN Magazine, June 2021
English text: Rebecca Dalzell
Photography: khoogj